どうもどうも!ユウポンです。

テレビの話ですけど、仏壇の宣伝で、女の子が「南無ぅ~」と言ってるCMが流れていたのをご存じですか?。

私は、いつもは何も疑問に思わず、そのCMを見ていたのですが、「南無阿弥陀仏って、どういう意味なんだろう?」と、ふと疑問が湧いてきました。

それで、調べてみると、南無阿弥陀仏の意味を知るためには、阿弥陀様のことや、極楽浄土のことも分かっていけなければならず、なかなか大変でした。

それでも、私なりに調べてみましたので、どうぞ参考になさって下さい。
 


※今回の記事中の情報は、下記の文献を参考にしています。

【参考文献】

  • 知識ゼロからの南無阿弥陀仏 著:ひろさちや(幻冬舎)
  • 南無阿弥陀仏―付・心偈 著:柳 宗悦(岩波文庫)
  • 南無阿弥陀仏 著:永 六輔(ハルキ文庫)


Sponsored Link

南無阿弥陀仏の意味を簡単に説明して!

南無阿弥陀仏の意味南無阿弥陀仏の意味を簡単に説明すると、「阿弥陀様、どうか極楽浄土に生まれさせて下さい」という願いになります。

ただ、これだけでは、あまりにも漠然としていて、分かったような分からないような感じですよね。ですから、南無阿弥陀仏という言葉を分解して読み解いてみましょう。

実は、南無阿弥陀仏という言葉は、サンスクリット語(インドの言葉)の「ナマス」と「アミターユス(アミターバ)」を組み合わせたモノなんです。

ナマスは、後に続く言葉が母音の場合、「ナモー」と変化します。だから、「ナマス」と「アミターユス」を組み合わせると、「ナモー・アミターユス」となります。

「ナモー・アミターユス」と「ナムアミダブツ」は、確かに似ていますよね。

いずれにしましても、この「ナモー・アミターユス」に漢字を当てはめたのが「南無阿弥陀仏」という訳です。

ちなみに、「ナマス」と「ミターユス」の意味は以下の通りです。

■ ナマスとアミターユスの意味

  • ナマス:帰依(きえ)します
  • アミターユス:阿弥陀様

 
という訳で、「ナモー・アミターユス」を直訳すると、「阿弥陀様に帰依します」という意味になります。分かりやすく言い換えると、「阿弥陀様に、全てお任せします」です。

ただ、阿弥陀様へのお願いは、具体的な目標を実現するためではありません。

阿弥陀様とは仏教の教えでは、この世で起きることは、何が良くて何が悪いのかは、誰にも分からないとされているので、全てのことは、阿弥陀様に一任するしかないのです。

ですから、目標があっても、それが叶うことは、良いことなのか悪いことなのか分からないので、「阿弥陀様が良きに計らって下さい」という風に、阿弥陀様にお願いすることになります。

そのため、阿弥陀様へは、「阿弥陀様に帰依します」という意味で、「阿弥陀様の極楽浄土にお任せします」というお願いをすることになります。

それで、南無阿弥陀仏の意味を簡単に説明すると、最初にご紹介した「阿弥陀様、どうか極楽浄土に生まれさせて下さい」ということになる訳です。

私は、書籍などで調べて、上記のようなことが分かったのですが、あまりピンときませんでした。それは、阿弥陀様や極楽浄土について、よく分かっていなかったからです。

という訳で、南無阿弥陀仏を理解するために、以下のようなことも調べました。それらを知ると、南無阿弥陀仏という言葉がかなり理解できるようになりました。

ですから、次の章で、以下の疑問をひとつずつ説明させて頂きますね。

  • 極楽浄土は、どこにあるのか?
  • 阿弥陀様は、どんな仏様なのか?
  • 阿弥陀様とお釈迦様の違いは?
Sponsored Link

極楽浄土は、どこにあるのか?

阿弥陀様の教え上記の章の一番最初に、南無阿弥陀仏は「阿弥陀様、どうか極楽浄土に生まれさせて下さい」という願いだとご紹介しましたけど、「極楽浄土」がどのような所なのかイメージできていなければ、意味が理解できないですよね。

極楽浄土とは、仏界(仏が住む悟りの世界)の中で、阿弥陀様が主催している国のようなモノです。なお、仏界で国を開いているのは、阿弥陀様だけではなく、釈迦如来は「霊山浄土」、薬師如来は「浄瑠璃世界」という国を主催しています。

ちなみに、仏界の下には、六道(ろくどう)と呼ばれる6つの世界があって、仏教の考えでは、悟りを開いていない人は、六道(6つの迷いの世界)の中をさまよい続けるとされています。

その六道とは、以下の6つの世界のことです。

■ 六道とは

  • 天道(てんどう)
    天人が住む世界。寿命が長く苦しみが少ない。ただ、煩悩から解放されず仏と出会うこともない。
  • 人道(じんどう)
    人間が住む世界。ここでのみ仏の教えを受けられ、輪廻から脱出できる可能性がある。
  • 修羅道(しゅらどう)
    慈悲の心を失った人たちがいる世界。永遠に闘争が繰り返される。
  • 畜生道(ちくしょうどう)
    人間以外の動物にされた人達の世界。弱肉強食の世界が広がっている。
  • 餓鬼道(がきどう)
    強欲な人がいる世界。いつまで経っても欲望が満たされない。
  • 地獄道(じごくどう)
    生前、罪深い人生を送った人がいる世界。
  •  
    ※天人とは、仏教では異教の神々に相当する存在で、男性は「天子」と呼ばれ、女性は「天女」と呼ばれています。

 
この6つの世界で生きている人は、命に限りがあります。そのため、悟りを開かない限り、生まれ変わるたびに、6つの世界を転々とすることになります。

六道を輪廻転生(りんねてんしょう)することを六道輪廻と言い、生前に良いことをすれば、天道か人道に行くことになります。しかし、悪い行いをすれば、修羅道以下の世界で生まれ変わることになります。

しかし、真理に目覚めて悟った瞬間、六道の迷いの輪廻から脱出して、仏界に往くことが出来るとされています。

という訳で、悟っていない間は、永遠に六道の中で生まれ変わり、真理に目覚めると、六道から抜け出して、仏界に往くことが出来るという訳です。そして、その仏界の中に、阿弥陀様が主催している「極楽浄土」があるということです。

ところで、その阿弥陀様とは、どんな仏様なのでしょうね。次の章では、その辺りのことに付いて説明させて頂きますね。

阿弥陀様は、どんな仏様なのか?

極楽浄土とは阿弥陀様は、元々は法蔵(ほうぞう:ダルマーカラ)という名前の王様でした。しかし、衆生(生きとし生けるもの)すべてを救いたいという誓願(誓い)を立てて出家し、法蔵菩薩となりました。

ただ、その誓願は簡単には成し得られるものではないので、何度も何度も生まれ変わる中で、諦めることなく考え抜きました。その結果、法蔵菩薩は真理を悟ることができ、阿弥陀如来になることが出来ました。

要するに、誓願が現実になったということです。ですから、阿弥陀様は、あらゆる人を救うパワーがある訳です。

全ての人が救われる方法なんて、私たちには分からないですよね。それを仏教では「不可思議」と言うのですが、一般的に使われている不思議と同じような意味です。

いずれにしましても、阿弥陀様は「不可思議」のことを考え抜いて、実現させた稀有な存在なのです。

阿弥陀様の教え阿弥陀様は、大乗仏教の世界で、最上位に位置する仏様です。大乗仏教の思想は、人間の力だけでは救われないとされていて、仏の救済パワーで、多くの人が救われると考えられています。

ですから、阿弥陀様には、多くの人を救うパワー(仏力)があるので、阿弥陀様に全てお任せしておけば良いのです。ただ、全く何もしなくて良い訳ではなくて、「南無阿弥陀仏」と唱えていれば、阿弥陀様は救って下さる(極楽浄土に往ける)とされています。

あと、阿弥陀様について説明する際、名前に含まれる世界観も説明しておかなければいけません。

阿弥陀様の名前は、サンスクリット語で「アミターユス」と「アミターバ」という2つの名前があります。

まず、アミタ-ユスですけど、これは「アミタ-」と「アーユス」が合わさった名前です。

①アミターユス
・アミタ-:無量
・アーユス:寿命

 
2つを合わせると、無量の寿命を持つ仏様ということになります。

次に、アミターバですけど、これは「アミタ」と「アーバ」が合わさった名前です。

②アミターバ
・アミタ:無量
・アーバ:光

 
2つを合わせると、無量の光を持つ仏様という意味です。

アミターユスの「アミタ-」は無量と訳していますけど、これは「量れない」「量らない」という意味です。阿弥陀様を語る上で、「量らない」は非常に重要な意味を持ちます。

私たち人間は、常に物事を量っていますよね。例えば、「高いか安いか」「良い子か悪い子か」などと量って、比較や差別をします。でも、阿弥陀様は一切量りません。

一方、アミターバは、光に満ちた極楽浄土の世界観を現しています。極楽浄土は、光が満ちているのですが、陰は存在しません。影は、悲しみや苦しみを現します。影がない世界には、悲しみや苦しみがないということです。

という訳で、阿弥陀様は、大乗仏教の最上位の存在で、比較や差別など一切せず、光に満ちた世界にいる仏様ということです。

ところで、阿弥陀様は、大乗仏教の仏様と説明しましたけど、仏教には「小乗仏教」と「大乗仏教」という2つの分け方があります。その違いは、次の章で説明させて頂きますね。

小乗仏教とは

小乗仏教とは小乗仏教の「小乗」は、小さな乗り物という意味です。小さな乗り物には、多くの人が乗る(救われる)ことは出来ないとされています。小乗仏教の思想は、出家をして、仏になることを目指して、修行を積んだ者だけが救われるという考え方です。

小乗仏教を選んだ人は、誰にも頼らず、自分で厳しい戒律を完璧に守り、様々な苦しい修行を続けて、悟りを得なければいけません。要するに、自分お努力の度合いによって、仏になれるかが決まるということです。ちなみに、そのような修行を続けて、修行の成績も満点に達するような聖者は「阿羅漢(あらかん)」と呼ばれています。

【人間⇒阿羅漢への流れ】
①戒律を守り、厳しい修行を続ける
②悟りを開く
③阿羅漢になる

大乗仏教とは

大乗仏教とは大乗仏教の「大乗」は、大きな乗り物という意味です。仏教を開いたお釈迦様は、小乗仏教のように、限られた人だけでなく、出家をしていない人も、仏の力で救ってあげたいという思想です。

大乗仏教は、戒律を守れない人・修行を続けることが出来ない人・普通の人を救ってくれる仏教です。阿弥陀様のような如来は、衆生(生きとし生けるもの)を幸せにするパワー(救済力)を備え持っています。ですから、そのパワーのおかげで、悟りへの道を歩むことが出来るとされています。

【人間⇒如来への流れ】
①如来の願い(衆生を救いたいという思い)に心を向け続ける
②悟りを開く
③如来になる

 
※如来とは
如来とは、如から来たものという意味で、如とは真理の世界のことです。如来は、別名「仏陀(ぶっだ)」とも呼ばれていて、この世の真理を悟っていて、衆生を救う力を備えています。

阿弥陀様とお釈迦様の違いは?

阿弥陀様とお釈迦様の違いお釈迦様は、約2600年ほど前に、インドの釈迦族の王子として生まれて、29歳で出家されました。ですから、元々は普通の人間だった訳です。

でも、35歳のときに悟りを開かれて、80歳で亡くなるまでの45年間、仏として教えを説かれていました。その教えが、今日の仏教です。

お釈迦様は、数え切れないぐらいの仏様がいると説かれています。その仏様のことを「十方諸仏(じっぽうしょぶつ)」と言います。ちなみに、お釈迦様も「十方諸仏」です。

その十方諸仏の師匠にあたる仏様のことを「本師本仏(ほんしほんぶつ)」と言います。

阿弥陀様は、本師本仏とされています。その理由は、十方諸仏が持っていない能力を持っているからです。その能力とは、無名の闇(人間の暗い心)を無くす力です。

無名の闇が無くなると、苦しみの人生が幸せな人生へと変わって、本当の幸せを得ることが出来るとされています。

という訳で、阿弥陀様とお釈迦様は、どちらも仏様ではありますけど、人間界で言う師弟関係にありますから、全く立場が違う仏様ということになります。

最後に

いかがでしたでしょうか。南無阿弥陀仏の意味を簡単に説明すると、「阿弥陀様、どうか極楽浄土に生まれさせて下さい」ということになる訳ですけど、調べれば調べるほど奥が深く、横にもどんどん広がっていく感じで、いくら調べてもキリがありませんでした。

ただ、大雑把な感じではあっても、ある程度イメージを描いて頂けたなら嬉しいです。

いずれにしましても、私は日本人ですから、もっと仏教のことを勉強して、少しでも魂のレベルを上げることが出来れば…と思っています。

Sponsored Link