ポピュリズムと言われても、すぐにピンとくる人は少ないのではないでしょうか。

でも、トランプ氏が大統領になってから、ポピュリズムという言葉をよく耳にするようになりましたよね。

そこで、今回はポピュリズムの意味や歴史について紹介していますので、参考にして下さい。

ポピュリズムとは

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ポピュリズムとは、そもそも明確な定義はありません。そのため、ここからここまでがポピュリズム…というような線引きは出来ません。

しかし、一般的に捉えられているポピュリズムの意味は、国や地域の人達の不安・不満・願望などに対して、それに応えるような政策や考えを打ち出して、それで人気を集めて、それまでの政治体制などを変えようとする政治思想や運動のことです。

要するに、それまでの体制に不満などを持っている人を対象に、その不満などを解消してあげますよと言って、人気取りをすることです。「人気取り」と言うと言葉が悪いですけど…。

それだけであれば、どの政党もマニフェストなどで公約を掲げたりしているので、全てがポピュリズムということになってしまうように思われるかも知れないですね。

ただ、ポピュリズムの場合は、何か(誰か)を敵のようにみなして、対話をして解決していくというよりは、対決するようなスタイルです。あと、理路整然とした理論というよりは、感情に訴えた体制批判などをしますので、どちらかというと過激なイメージです。

ポピュリズムの問題点は?

上記でも少し触れましたが、ポピュリズムは感情に訴える手法ですから、目的を急いで実現しようとすることが多いので、本当にその政策が実現できるのか疑わしいという点があります。

あと、指導者が人気者であったり、強硬派であったりしますから、国会・内閣・司法を軽視する傾向が強いと言えます。

例えば、トランプ大統領は就任してスグに、シリア難民がアメリカ合衆国に入国することを禁じて、中東やアフリカの7ヵ国(イラク・シリア・イラン・スーダン・リビア・ソマリア・イエメン)からの入国も、一時的ではありましたけど、完全に禁じるという大統領令に署名しました。

ちなみに、その大統領令には、7ヵ国は名指しはされていなかったようですけど、他の法律によって規定されていたようです。

これは、イスラム過激派から国を守るためという大義名分はあるのですが、世界中から猛反対の声が挙がりました。しかしながら、賛成意見も少なくはなかったのですが…。

なお、ポピュリズムのスタイルは、誰かを敵視して対決する傾向が強いですから、一歩間違うと社会を分断しかねない怖さが付きまといます。あと、批判的なメディアを敵視するという考え方も、ポピュリズムの手法を駆使する指導者の共通部分と言えます。

先進国でポピュリズムが広がる理由は?

ポピュリズムは、20世紀に中南米諸国で広まりました。当時のポピュリズムは、貧富の差が激しい先進国以外の国で起きていたのですが、21世紀になって先進国でも広がり始めました。

例えば、英国がEU(欧州連合)を国民投票で離脱することになったのも、ポピュリズムの現れだと言われています。

先進国でポピュリズムが広まり始めたきっかけは、富裕層とそれ以外の人達の格差が広がって、中間層が減ってきているためです。2008年にリーマン・ショックがありましたが、その後からそういう傾向が一気に強まりました。

国の中が、そのような形で分断されたことに乗じて、それまでの政治は、少数エリートたちのための政治だったと批判することで、トランプ大統領は支持を得ることが出来ました。

それまでの政治が、国民の不安・不満・願望などに対して、しっかり対応できていなかったことは事実ですから、トランプ大統領が多くの支持を受けることは出来たのは、理解できないことではありません。

ただ、トランプ大統領が、次はどんな過激な大統領令を出すのか…という不安(?)はありますので、アメリカの政治だけでなく、各国に緊張感が出たのは確かですよね。これは、悪いことばかりではないかとは思われますが…。

ポピュリズムの歴史

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過去にさかのぼると、ポピュリズムだと言える運動や政策などがありますので、それらをいくつかご紹介します。

ナロードニキ運動

ナロードニキ運動とは、1860~1870年代にロシアで活動していた社会運動家たちが、革命を起こそうとした運動のことです。

当時、農奴解放が実施されたのですが、実情は地主が資産家になっただけのことでした。それで、そのような政治体制に対する政治勢力としてナロードニキ運動が起こりました。

ポピュリスト党

1890年代、アメリカで労働者や農民の困窮を改善させるために、人民主義(ポピュリズム)を掲げたポピュリスト党(ポピュリズム党)ができ、これが現在言われているポピュリズムの元になりました。

フアン・ペロン氏

フアン・ペロン氏は、1940年代に大統領になり、アルゼンチンの独裁者と呼ばれていたこともある人物です。ただ、その評価はアルゼンチン内でも分かれていて、ペロニスタ(ペロンを支持する人達)の影響は、現在でもアルゼンチン内で大きいと言えます。

ジェトゥリオ・バルガス氏

バルガス氏は、1930年にブラジルの大統領選で敗退しました。しかし、当時のブラジルは政治腐敗などで国民たちは不満を持ち続けていたため、バルガス氏が軍事クーデターを起こして政権を掌握しました。そして、1934年に大統領に就任しました。その後、1951年にも大統領に就任したのですが、それまでのような軍事クーデターなどによるものではなく、ブラジルで初めてとなる民主的な選挙によって、大統領に就任したことでも有名です。

ラサロ・カルデナス氏

カルデナス氏は、1934年にメキシコ大統領となりました。カルデナス氏は、非常に左派色の強い大統領でした。そのため、評価は2分しますけど、メキシコ史上もっとも人気がある大統領でもあります。なお、カルデナス氏は、ポピュリズムの先駆者とも言われています。

上記で紹介した以外にも、ポピュリズムと言えるモノは他にもあります。

例えば、フランスルペン氏が1972年に創設した国民戦線・1990年代にメディアを活用して政権を排除したイタリアのベルルスコーニ氏・反米・1990年代に、反エリートを掲げたベネズエラのチャベス氏・2016年にEU離脱をしたイギリス・2017年に大統領に就任したトランプ氏などです。

ポピュリズムの歴史を見ていると、カリスマ的な指導者が社会の変革をはかってきたということですね。何が正解かは、人によって判断は違ってきますけど、今後はポピュリズムの政治手法が広がっていくのかも知れないですね。

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